読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

戸田山和久(2011)『「科学的思考」のレッスン』NHK出版

最近読んだ本。大事なことがコンパクトにまとまっていると思ったので、せっかくなのでメモ。

「科学的思考」のレッスン―学校で教えてくれないサイエンス (NHK出版新書)

「科学的思考」のレッスン―学校で教えてくれないサイエンス (NHK出版新書)

科学とはどのような思考・営みなのかという科学哲学のイントロダクションに加え、市民に求められる科学リテラシーについて言及されており、良い本だと思う。

内容

第1部では、科学でどのようなことが分かってきたか、という科学の内容と区別した、科学とはどのような活動なのかというメタ科学的な知識について整理されている。

科学的知識はあくまで理論であり事実ではないが、人間は真理とは何かを直接確認できないので、少しずつ理論や仮説をよりよいものにしていくというプロセスが重要になる(1章)。ではよりよい仮説とは何か(2章、3章)、そしてよりよい仮説はどのように構築・確認されるのか(4章、5章、6章)ということが述べられる。

具体的に良い仮説とは、1.より少ない情報でより多くの事柄を説明でき、2.新しい事柄を予言でき、3.アドホックで原因不明の事柄をなるべく排した仮説である。そうした説明のあり方は主に、1.別個の現象の因果関係を特定するか、2.一般的な法則から特殊な事例を説明するか、3.現象の性質を説明する、という3つの方法があり得る。いずれにせよ、「そうなっているからそうなっている」という「裸の事実」を減らしていくものであり、最終的には1つの体系による統合が目指されている。

良い仮説を作るためには、論理的に確実な命題を確認する演繹的推論と、新しい情報・可能性を付け加える非演繹的推論を組み合わせて、直接観察できない世界や法則に対して推論を行う。その推論を適切な検証にさらされ続けることで、仮説は改善されていく。その際、言葉をあいまいなまま用いたり、アドホックな仮説を積み重ねすぎると、反証可能性が担保されず、良い仮説にはならない。そして実験や比較という道具によって仮説を検証するが、コントロール、母集団、サンプリングが適切かを慎重に考えなければならないし、その結果見えた相関関係から、因果関係まで即断してはいけない。

第2部は、市民の科学リテラシーの必要性と、市民が科学にどのように関わるべきか、筆者の意見が述べられる。まず市民が科学リテラシーを身に付けるべき理由が挙げられる(7章)。そして、福島の原発問題をめぐってなされたコミュニケーションを題材に、市民に必要な科学リテラシーのあり方が述べられる(8章、終章)。

まず価値判断の問題(どうする「べき」なのか)には、経験科学が答えを出すことができない。しかし事実に関しても、科学が100%覆ることのない確実な真実を言い当てる営みではない以上、不確実な情報は残る。100%確実ではない情報に基づいて、リスク、コスト、ベネフィットの帰結を予想し、それらを天秤にかけて政策的な判断をするのは、科学ではなく政治の役割である。その意味で科学・技術それ自体も政策の論点になりえ、科学・技術のあり方に関する社会的意思決定に市民が参加する「科学のシビリアン・コントロール」が目指される。そのためにも、科学が原理的あるいは現状、どのようなことに答えを出せているのか、何を科学に問いかけるべきか、ということを判断する科学リテラシーが求められる。

感想

これまで、科学的な思考について体系的に学ぶ機会があまり多くなかったため、科学のフレームワークに関してコンパクトに整理されているのは大変勉強になった。院生として、「良い研究とはどのような研究か」ということを考える上でもいい本だと思う。なおかつ一般向けにもわかりやすい説明になっているのではないだろうか。